経済学を知らずに医療ができるか!? 医療従事者のための医療経済学入門

  • 新刊
定価 2,640円(本体 2,400円+税10%)
康永秀生
東京大学大学院医学系研究科教授
A5判・176頁
ISBN978-4-7653-1834-1
2020年08月 刊行
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医療経済学の真骨頂!

内容紹介

今、医療サイドに求められているのは、将来の医療財政危機と医療体制崩壊を回避するための医療の無駄、守るべき医療を明らかにすることです。医療の質を維持しつつ医療体制をスリム化し、国民の命と健康をあずかる医療を死守するための方策を考え、実践しましょう。それらを実行するためにはまず医療従事者こそ医療経済学を学ぶべきではないでしょうか。ただ、ほとんどの医療従事者は経済学について学ぶ機会に恵まれていません。

本書では、経済学の予備知識がゼロでも、通読できるように書かれています。医療従事者が知っておくべき医療経済学の基礎知識を、今こそ身につけて、日常臨床を医療経済の視点から再考してみてください。

序文

「日本の医療には多額の税金が投入されている。限られた財源の効率的な使い方を考えなければならない」などという財務省の役人が言いそうなセリフは、医療従事者の心にはあまり響かない。

医療は、医療従事者で成り立っている産業である。医療の現場を知らない役人やエコノミストが、そろばんだけはじいて医療費をじわじわ削ろうとすることに対する、医療サイドからの反発は根強い。

「医療を経済の立場で議論するとはとんでもない」などと言う医療従事者は、昭和の時代に比べればずいぶん減ったような印象である。とはいえ、「経済」と聞くと眉をひそめる医療従事者はいまだ少なくない。そういう方々は、経済学に対して少々誤解を抱いているように見受けられる。

第一に、経済学=金もうけの学問、という誤解。「私たちは金もうけのために医療をやっているのではない、だから私たちにとって経済学は不要である」という誤解である。実際のところ、経済学は金もうけのための学問ではない。第二に、医療経済学=医療経営、という誤解。実際、医療経済学は医療経営と直接関係はない。病院経営や診療所経営をどうすればよいか知りたい方は、他書をあたってほしい。

一方で、「少子高齢化だ」、「不況だ」と言われるこのご時世、「経済」を全く無視するわけにもいくまい、と何となく感じている医療従事者が多くなっている印象である。特に昭和の終わり以降に生まれた世代には、大不況の渦中で職の安定を求めて医療系に進まれた方々も少なくなかろう。そういう世代の中には、「経済」は大事だと思うものの、「経済学」を学んだことがないから、自分が何をすべきかよくわからない、と感じている方々も多いに違いない。

臨床医学は一人ひとりの患者の命を救い、生活の質を向上・維持することを目指している。一方、医療経済学は社会全体での医療資源(医療従事者などの人的資源、医療施設・医療機器・医薬品などの物的資源、医療情報など)の最適な配分のあり方を分析・考察し、医療現場や医療政策に役に立つ示唆を与えることを目指している。両者は、人々の健康な生活や幸福を目指すという点で、目的は同じである。ただその方法が違うだけだ。

多くの医療従事者が、目の前の患者の治療やケアに精一杯がんばっている。患者のためにできる限りの治療・ケアを施す。それはそれで、昔も今も善いことである。しかし今や、それだけでは医療全体が立ち行かなくなっている。経済学を知らずに、患者にとって社会にとってベストな医療を提供できなくなってきているのだ。

医療従事者はこれまで、日常診療の中で、医療経済のことなどあまり深く考えてこなかった。そのツケがそろそろ社会全体に回り始めている。ミクロのレベルにおける経済を考慮しない医療の積み重ねが、マクロでみれば医療財政を破綻の一歩手前に導き、医療システム自体を崩壊に追いやろうとしているのだ。

医療・介護を含む社会保障費の拡大によって、多くの地方自治体の財政は破綻寸前である。国家財政も赤字を累積し、想像したくないものの、国家の財政破綻が起きないとは言えないだろう。地方や国の財政破綻が現実のものとなったとき、医療サイドがいくら現状の医療体制やインフラの死守を訴えても、経済・財政サイドに十分に対抗できるとは思えない。

1980年代からずっと、医療の中身を考慮せず、医療費全体を切り詰める財政政策が間断なく続けられてきた。それは国民医療費の上昇を抑制するという意味ではいくぶんうまくいっている。しかしそれは、医療の質を犠牲にしかねないやり方であり、医療サイドからの批判は絶えない。とは言え、医療サイドが経済・財政サイドと感情的に対立するだけでは、物事を正しい方向に導くことはできないだろう。もはや役人やエコノミストだけに医療経済を任せておくわけにはいかない。今、われわれ医療サイドに求められているのは、現状維持のままではそう遠くない将来に現実となるであろう医療財政危機と医療体制崩壊を回避するために、現下における医療の無駄を明らかにし、守るべき医療は何かを明らかにし、医療の質を維持しつつ医療体制をスリム化し、国民の命と健康を預かる医療を死守するための方策を考え、実践することではなかろうか。

それらを実行するにあたって、手始めに、医療従事者一人ひとりが医療経済学を学ぶべきである。とはいえ、ほとんどの医療従事者は学校で経済学を学んだことがないし、卒後も学ぶ機会はほぼない。そこで、本書をお読みいただければ幸いである。経済学の予備知識がゼロの方でも、一気に通読できるように書かれてある。医療従事者が知っておくべき医療経済学の基礎知識を、3~4時間で理解できるだろう。

本書の読者対象は、すべての保健・医療・介護系の従事者および大学生・大学院生である。

本書の構成は以下の通りである。全体を基礎編(第1~3章)と応用編(第4~8章)に分けている。基礎編・第1章「高等学校『政治・経済』レベルの経済学の基礎知識」では、経済学を学んだことが全くない医療従事者向けに、高校の「政治・経済」の教科書に書かれてある経済学の基礎知識をわかりやすくまとめた。学んだことのある方々にも復習の意味で通読をお薦めする。

第2章「今さら人に聞けない医療介護制度の基礎知識」は、医療従事者が大学や専門学校で学んだ「公衆衛生学」の教科書に書かれている内容の復習である。

第3章「医療経済学の基礎」では、大学経済学部の専門課程で学ぶレベルの医療経済学の基礎知識をわかりやすく解説している。

応用編では、第4章「国民医療費」、第5章「医療の無駄」、第6章「医療技術の効果と費用」、第7章「医師不足問題」、第8章「貧困の問題」という、医療経済学に関連する各論を配した。基礎編(第1~3章)をお読みいただいた後、第4~8章はどの章からお読みいただいても大丈夫である。最後の第9章「持続可能な医療システム構築」は、全編のまとめのような位置づけである。

本書を通じて、医療従事者の方々が医療経済学の基礎知識を学び、「医療経済マインド」を身に着け、日常臨床を医療経済の視点から再考するきっかけとしていただければ幸いである。エビデンスに基づく有効かつ費用対効果に優れるプラクティスの実践に繋げる契機とされることを願ってやまない。

2020年6月
康永秀生

目次

Ⅰ 基礎編

1 高等学校「政治・経済」レベルの経済学の基礎知識
1-1 自由主義の経済学
(1)古典派経済学
(2)価格の自動調節機能
1-2 マルクス経済学と社会主義体制
(1)マルクス経済学
(2)社会主義体制
(3)マルクス経済学に対する評価
1-3 修正資本主義
(1)ケインズ革命
(2)大恐慌と修正資本主義
(3)修正資本主義に対する批判
(4)日本の財政赤字
1-4 新自由主義
(1)小さな政府・大きな政府
(2)フリードマンの新自由主義
1-5 市場の失敗
(1)市場メカニズム
(2)市場の失敗の原因

2 今さら人に聞けない医療介護制度の基礎知識
2-1 社会保障制度の概要
(1)社会保障制度とは
(2)国民負担率
2-2 医療保険制度
(1)公的医療保険
(2)医療費の支払い方式
(3)医療機関へのかかり方
2-3 医薬品の諸制度
(1)医薬品の位置づけ
(2)薬機法
(3)薬価制度
2-4 介護保険制度
(1)家族の役割とその限界
(2)介護保険制度の概要
(3)介護保険サービスの実際
(4)地域包括ケア

3 医療経済学の基礎
3-1 医療サービスの特殊性
(1)医療サービス需要の不確実性
(2)必需財と奢侈財
(3)探索財・経験財・信頼財
(4)公共財と私的財
3-2 医療サービスにおける情報の非対称性
(1)保険の理論
(2)医師誘発需要
3-3 モラル・ハザード
(1)モラル・ハザードとは
(2)患者自己負担引き上げの影響
3-4 医療分野の規制
(1)規制と規制緩和
(2)医療サービスにおける規制の根拠

 

Ⅱ 応用編

4 国民医療費
4-1 国民医療費抑制政策
(1)国民医療費の年次推移
(2)医療費抑制政策が必要とされる理由
4-2 先進各国の医療比較
(1)先進各国の医療費の比較
(2)先進各国の健康指標の比較
4-3 医療費増加の要因
(1)医療費増加の要因とされてきたもの
(2)人口高齢化の影響

5 医療の無駄
5-1 過剰な検査・治療
(1)大型医療機器の非効率配置
(2)ガイドラインに基づく画像診断
(3)過剰な治療
5-2 過剰な薬剤使用
(1)かぜに対する抗菌薬
(2)ポリファーマシー
(3)後発医薬品
(4)認知症治療薬
5-3 多すぎる病院
(1)病床数と平均在院日数
(2)地域医療構想

6 医療技術の効果と費用
6-1 エビデンスに基づく医療
(1)EBMに対する誤解
(2)エビデンスがない医薬品9
6-2 医療技術の費用効果分析
(1)費用効果分析とは
(2)費用効果分析の政策応用
(3)費用効果分析に対する批判
6-3 高額医薬品の問題
(1)オプジーボ騒動
(2)高額薬価の記録更新中
6-4 予防医療と医療費
(1)「予防で医療費削減」のウソ
(2)予防で医療費を減らせない根拠
(3)日本における議論の整理

7 医師不足問題
7-1 医師数に関連する諸問題
(1)患者数と医師数
(2)外科医は要らなくなる?
(3)出生数が減れば産科医は減る?
(4)将来医師数は過剰に
7-2 医師の配置の非効率
(1)医師数増加が地域格差を助長
(2)なぜ医師は都市に集中するのか?
(3)医師の地方勤務を強制できるか?
(4)医師偏在対策
(5)医師の働き方改革
(6)地域医療構想とのリンク
7-3 医師のタスクシフティング
(1)タスクシフティングとは
(2)アメリカにおける医師補助職
(3)日本でのタスクシフティング

8 貧困の問題
8-1 貧困の定義
(1)絶対的貧困と相対的貧困
(2)潜在能力
8-2 貧困問題への対策
(1)日本の貧困問題
(2)生活保護制度
8-3 子どもの貧困と医療費の問題
(1)子どもの貧困の影響
(2)貧困が少子化の原因の一つ
(3)子育て支援策
(4)子供医療費助成の弊害

9 持続可能な医療システム構築
9-1 現状の医療費抑制政策の問題点
(1)財政主導の医療費抑制政策の限界
(2)政府による規制の在り方
9-2 医療のアクセス・質・費用
(1)アクセスを制限し質・費用を担保する
(2)現場の医療者にできること
9-3 社会的共通資本
(1)社会的共通資本とは
(2)社会的共通資本としての医療
(3)宇沢理論の表層的引用は慎むべき
(4)宇沢理論の具現化に向けて

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康永秀生 東京大学大学院医学系研究科教授

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