精神科医として生きる -診察室の人間学-

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定価 3,080円(本体 2,800円+税10%)
井原裕
A5判・144頁
ISBN978-4-7653-2003-0
2024年06月 刊行
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★2024年5月下旬 発売予定!★

精神科医の仕事を細く、長く、少しばかりエキサイティングに続けるための珠玉のメッセージ

内容紹介

精神療法は難しい。医師にとっても苦手意識を抱く分野でもあります。精神疾患はガイダンスやエビデンスに沿って対応するだけでは診療はできず、医師それぞれの裁量で行われる範囲も大きいです。現代においては、日本だけでなく世界的にみても精神疾患を有する患者数は増加傾向にあり、臨床研修でも精神科は必須となっています。

本書は、長年精神科医として勤め、精神科医という仕事に魅力を感じ、今もなお日々邁進し続ける著者が、悩める精神科の若手医師や研修医に向けて、自身の経験をもとに、精神療法(精神科面接など)の身につけ方や進め方、精神病理学の学び方、そして精神科医自身のメンタルヘルスの保ち方などを紹介した1冊です。

序文

私は、夢と希望をもって、この世界に入った。いにしえの昭和の時代からだから、すでに三元号をこの仕事とともに生きてきた。精神科医になってよかったと思う。予想以上にいい仕事だった。おかげで、暗黒の十代にイメージしたよりは、はるかに充実した人生を送れている。

本書は、その私の経験を踏まえて、精神科医ライフを知っていただき、少しでもいいものにするための方法をお伝えするものである。はじめに、三点を強調したい。

① 知的なロマン:「人間」が精神科医の生涯のテーマである。
② 臨床家としての志:患者さんのためによき精神科医であってほしい。
③ 専門家としてのプライド:精神科医とは「人間の診立てで飯を食うプロ」である。

第一に、人間こそ、精神科医の生涯のテーマである。知的なロマンをもって、この世界に飛び込んでほしい。消去法で選んでほしくない。消去法で選ぶには、精神科医の仕事はおもしろすぎる。この仕事は、職業柄、ありとあらゆる種類の人間と接する。社会階層は、大会社の社長から路上生活者までのフルレンジである。職業も、政治家、弁護士、会計士、官僚、大学教授、ビジネスマン、OLから風俗嬢やヤクザまですべてである。精神鑑定を頼まれれば、人殺し、放火魔、強姦犯とも心理戦を行う。これだけの経験をさせてくれる職業は、そうない。人間に関する関心と、温かい愛情と、少しばかりの好奇心をもって、この仕事を楽しんでほしい。

第二に、よき精神科医であってほしい。これは、まずは患者さんのためによき精神科医であってほしいということだが、それだけではない。実は、精神科医自身のこころの健康にもかかわってくる。精神科医としてのレベルが低い人間は、メンタルヘルスも悪い。精神科医として優れた人は、メンタルヘルスもよい。精神科医になって自分自身のメンタルをやられてしまう人間は、精神科医としてのレベルを上げ切れていない人が多い。厳しい言い方になるが、要は、臨床家としての技量が劣るのである。患者さんから軽く見られてもしかたない。逆に、よき精神科医は、来る日も来る日も患者さんに感謝してもらっている。本人の自覚としては大したことはしていないので、いささか照れ臭いのだが、まあ、悪い気はしない。おだてられて木に登る豚になってはいけないが、日々の臨床が人生を豊かにし、こころを健康にしてくれている。若き精神科医たちにおかれては、精神科医としての士気を高く保つためにも、どうかぜひとも、よき精神科医であってほしい。

第三に、プロの精神科医としてプライドをもってほしい。そのためにも、ぜひ、精神科医以外の人間と付き合ってほしい。他の診療科の医師、看護師や薬剤師だけではない。弁護士、検察官、裁判官などの法律のプロ、経営者、起業家、コンサルタントなどのビジネスのプロ、哲学者、文学者、社会学者などの学問のプロなどである。こういう人たちと付き合おうとすれば、「では、おまえは何者か?」ということが問われる。そういうときに、「俺は精神科医だ。人間の診立てで飯を食うプロだ」といってほしい。そう口に出していう必要はないが、内心、そういえる程度には、普段から準備しておいてほしい。

精神科医の同僚たちのなかには、残念ながら燃え尽きてしまった人もいる。先輩や同世代の仲間だけではない。かつて指導した新人医師たちのなかにも、まだ働き盛りのはずなのに、早くも「疲れたロートル」に成り下がった人もいる。私の場合、幸運なことに、宮本忠雄、加藤敏、小田晋、北山修といった光り輝く精神科医たちを見てきた。土居健郎、笠原嘉、中井久夫、木村敏といったスター教授も、学会で身近に目撃してきた。留学中の恩師ハーマン・ベリオス、同僚のマウリシオ・シエラ、エリック・チェン、イヴァナ・マルコーヴァなども、常に何かを目指して、真剣に精神科医人生に取り組んでいた。西丸四方、安永浩の両先生からは、精神科医として生き、精神科医として死ぬとはどういうことかを、教えられた。私は偉大な精神科医たちを自分の目で見てきたので、この人たちが生涯をかけて取り組んだ精神科医という職業が、くだらない仕事のはずがないという確信がある。

仲間たちのなかには、精神科医という職業から脱落していった人もいる。肩書こそ「精神科医」を名乗っているけれど、すでに意欲は衰え、臨床の第一線からは早々に退いてしまった。きっと、疲れてしまったのだろう。しかし、私は尊敬できる数々の精神科医を知っているので、この人たちの後についていけば、必ずや充実した生涯を送ることができると確信している。

本書は、精神科医を目指す医学生、研修医、専攻医(精神科専門医プログラム履修中)を主たる読者としている。しかし、それ以外にも、肩に重荷を背負った中堅の精神科医にも読んでほしいと思う。本書のなかに、この仕事を細く、長く、少しばかりエキサイティングに続けていくことができるコツのようなものを、読み取っていただければと思う。
本書の主たるメッセージは、いたってシンプルである。①精神科医という職業には知的なロマンがあふれており、②臨床家としての志を忘れず、③専門家としてのプライドに生きようとすることで、この仕事はますますおもしろくなる。人生自体も充実したものになるはずである。

2024年3月
獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科
井原裕

目次

第一章 精神療法の技術

精神科医初日に驚嘆すべきことが起きる
技術は精神科医を作らない
患者が未熟者を精神科医に育てる
「技術の指導」もまた必要
保険診療の時間的制約を利用する
もっとも必要な技術は、優先順位と取捨選択
私はそもそも薬物療法をあまりしていない
精神科医の面接は音楽
精神科面接とピア・モニタリング
面接の流れのコントロール
労力対効果のための予習・復習
医師は予習・復習が得意
予習・復習は面接のシミュレーション
自信を支えるのはコントロール感覚
予習・復習は孤独な作業
アートとしての言葉
精神医学者と精神科医は別
精神科面接には訓練がいる
まずは生活習慣から入るべきだが……
縦軸・横軸・時間軸
生活習慣と睡眠日誌
言葉の賞味期限は7日
睡眠に関する訴えには誇張が混じる
ワンパターンのフレーズを用意しておく
若年者に対する指導
高齢者に対する指導
生活習慣の修正が困難な職種
アルコールの問題
「精神科医なのだから療養指導などと言うな」(笠原嘉翁)
生活習慣への介入は人間の理解あってこそ
精神科医は患者にとって1,000分の1の存在
生活習慣を整えづらくするのも生活習慣
生活の維持と健康な習慣
精神療法とデリカシー
「神経症とは啓蒙書がみせびらかすほど猟奇的な病気ではない」(笠原嘉翁)
成功は生育歴とは無関係
低侵襲精神療法をこそ
医療・福祉サービスを提案できれば、それも立派な精神療法
オープン・クエスチョンの連発に神通力はない
傾聴だけでは「精神療法」の要件を満たさない
受け身の精神科面接からの脱皮を
「指示、助言」は明示的でなくてもいい
「指示、助言」は意図して行わなければならない
精神科面接はお悩み相談の延長ではない
技法にあわせるのでなく、個人にあわせる
「大精神療法」の適用範囲は狭い
保険診療に即した「指示、助言」
「精神療法」の定義を広げる
人間学派の精神療法
日常診療のなかにこそ精神療法はある

第二章 精神病理をどう学ぶか

Ⅰ.精神病理学とは
精神病理学とは論理を展開すること
「読書」でなく「勉強」を
好事家が得意なのはチャット
“So what?” “Why so?”
「すなわち」と「なぜなら」
書くこと、語ることを意識する
精神病理学はラングエッジ・アーツ(言語技術)の学
パラグラフ・ライティング
論理構成とは起承転結のことではない
「いきなり勝負」型の論理

Ⅱ.精神科医として精神病理学を専攻するとは
精神病理学者の生活
精神病理学に基づいた症例検討会
精神病理学は精神療法に寄与するのか?
「メランコリー親和型」神話への疑問
弱者の対処行動としての罪責念慮
疑問を感じたら本を書く
自治医大精神科の理論と臨床
精神病理学は何から勉強していくか?
安永浩のファントム空間論
精神病理学の系譜
精神科医の人生から学ぶ
精神科医の思想から学ぶ
精神科臨床と世界観
精神科医の人と思想
青木省三の『精神科臨床ノート』
思想家としての北山修

Ⅲ.哲学などの学び方
哲学などをどう学ぶか
心身問題から哲学に入る
ヒトはいかにイカに似ているか? 医科学的人間観
モノ的人間観から流転的人間観へ
大森荘蔵から心の哲学へ
兼本浩祐における心身問題
木村敏からハイデガー、宗教学へ
人間の学は哲学だけではない
レジリエンスの学としての宮本民俗学
生きるとは可能性の限界を試すこと
『忘れられた日本人』から『日本残酷物語』まで

第三章 精神科医のメンタルヘルス

職場は友情を育む場でもある
マイ・メンタルヘルス・ファースト

モノローグ 我が精神科医人生のあけぼの
精神科医という職業があるらしい
高校時代に未来の職業を考える
島崎敏樹『生きるとは何か』
とりあえず医学部を目指す
青葉萌ゆる杜の都へ
バブル前夜のおおらかな時代
仙台の医学生は授業に出なかった
みすず文化から精神医学へ
宮本忠雄『精神分裂病の世界』
宮本忠雄の主宰する医局へ
わが修業時代

あとがき
文献
索引
著者プロフィール

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井原裕

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