感染症疫学のためのデータ分析入門 数理モデル編

  • 未刊
定価 5,940円(本体 5,400円+税10%)
編著西浦博
京都大学大学院医学研究科健康危機管理情報解析学分野および社会健康医学系専攻環境衛生学分野教授
A5判・311頁
ISBN978-4-7653-1997-3
2026年06月 刊行
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★2026年5月下旬 発売予定!★

感染症疫学を理解するための数理モデル・ネットワーク分析の手引書。

内容紹介

本書は、好評を博した『感染症疫学のためのデータ分析入門』(2021年10月刊)の応用編として、数理モデルおよびネットワーク分析を体系的にまとめた続編です。前著で扱った基礎知識を踏まえ、「実際の観察データをどのように扱うか」という実践的な視点から、初学者にもわかりやすく解説しています。

内容は京都大学大学院医学研究科(公衆衛生修士コース)の講義「感染症数理モデル入門」に準拠しており、感染症の伝播能力の評価、閾値現象の理解、ワクチン効果の検証といった理論から、コンピュータを用いた流行モデルの数値計算や統計学的推定まで、単に読むだけではなく、章末の確認問題を解いていくことによって、着実に理解を深めることができます。

また、HPから本書に掲載されているサンプルデータおよびコードをダウンロードでき、読者が自らの手でデータを扱いながら、シミュレーションやデータ分析の実践的手法を身につけられるよう工夫されています。感染症数理モデルを体系的に学び、実務や研究への応用を目指す方にとって、必携の一冊となります。

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序文

まえがき

「これはすごい。なんてこった。」

これは、編者の西浦博が26歳の時に英国ロンドンで開講された2つの感染症数理モデルの短期コース(インペリアル・カレッジ・ロンドンとロンドン大学衛生熱帯医学大学院)それぞれに出た後の率直な感想である。当時、インペリアル・カレッジの客員研究員をしていた西浦は教育補助員をする名目で言わば「モグリ」で出席していたが、その教育内容の体系的なことに驚かされ続けた。本質的に容易でないはずの感染症数理モデルを入門者向けにわかりやすく教えることに成功しており、それは数理的背景をもたない医師や公衆衛生の大学院生を相手に実現されていた。かと言って数理的に簡単すぎる訳でもなく、研究内容の質を担保しているし、受講生には他学の教授講師陣や物理学者、統計学者、コンピュータ科学者もいて質疑の内容も面白い。それで「なんてこった」と思ったのである。ある種のカルチャーショックのようなものを受けたとも言える。私は英国の後、大陸欧州などの海外でキャリアを積んだので、入門コースを日本へ伝達するまでには時間を要した。しかし、ドイツでは生物統計学を医学部生に教える機会を得て、オランダのポスドク時代にはユトレヒト大学の短期コースで数コマの教育を担当した。また、香港大学の教員時代には世界保健機関(WHO)の委託を受けたワクチン接種に係る数理モデルの短期コースを加盟国派遣の研究者や行政担当者に教育する機会に恵まれた。

2013年に日本に帰国して東京大学で准教授となり、真っ先に入門教育にメスを入れる決意をした。同年に感染症数理モデルの関連研究者を誘って研究集会を開催し、教育研究コンソーシアムを立ち上げた。翌年から短期コースを開講することになった契機は、2013年2回目に相当する研究集会を統計数理研究所で実施した日のことである。東京都立川市にある研究所近くの薄暗い中華料理屋に昼食を食べに行った際、モデル研究でお付き合いいただいていた統計数理研究所の樋口知之所長(現中央大学教授)に打診した。

「興味をもつ初学者に集中的に教育する機会を作って研究者を輩出し、世の中をガラリと変えたい。英国は40~50万円かかるが、思い切って無料で開講して何十年後かには欧米諸国をギャフンと言わせたい。私たちにとってのネットワーキングにもなる。」

樋口所長は「ふーん」とだけ言って回鍋肉と焼きそばを食べ続け、私たちはそのまま研究所に戻って午後の部を終えた。しかし、帰路に多摩モノレールの高松駅へ仲間とトボトボ歩いて帰るところ、立川裁判所(東京地方裁判所)前を樋口所長が猛ダッシュで「西浦くーん!」と叫びながら追いかけてきてくれた。ハーハー息を切らせながら所長が言った。

「西浦君! 明日が応募締め切りの事業で、統計思考院公募型人材育成事業というのがある。ウチには夏期大学院というのがあるんだよ。手伝うから一緒に申請書を書こう!」

樋口所長に想いが通じたことを実感し、短期コースがそこから始まった。樋口研の事務補佐員さんたちも巻き込んでしまった。当時、統計数理研究所の特任助教だった親友の斎藤正也君(通称マサ。現長崎県立大学)は自ずとコース開講のパートナーになった。通常の研究業務に加えて大変な業務を強いてしまったが、マサの優しさがなかったらこのコースを私にとって外様の機関である統計数理研究所で実施させていただくことはできなかったと思う。

以降、毎年100人以上の受講申し込みを得ながら8月1~10日の連続10日間の設定で開講し続けた(実際に参加して10日間のコースをコンプリートするのは毎年85名程)。日本語開講の年もあれば英語開講の年もあった。最初の2年は特にハンドアウトは手作りだった。バインダーを100冊購入し、開講前日の7月31日にスライドをプリントアウトして手作業でバインダーに挟み込んだ。統計数理研究所ではその日だけ各階のレーザープリンターを占領させていただいてご迷惑をおかけすることになった。コース開講は2019年まで続いたが、2020~2021年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行で研究員は厚生労働省やアドバイザリーボードの資料分析などにエフォートを使い切って実現しなかった。2022年にオンラインで連続3日間のコースを復活し、2023年からはキャンパスプラザ京都を利用したオンサイトでのコースを再開することとなった。

本書は、その長期間にわたって実施し、好評を得てきた短期コースを基盤にしてプラスアルファの知識を加えて教科書にしたものである。その際、先に述べたような過程を必ずしも深く理解していない若手研究者も巻き込みつつ指導を行い、入門書にまとめる内容を精選した。COVID-19の流行前は日の目を見ることの少なかった感染症数理モデルであるが、人材育成に手弁当で取り組んだ教育者らの長年の思いと情熱を1冊に詰め込んだ。

COVID-19の流行中から西浦研やそのOBらが総力をあげて分担執筆を行った。感染症数理モデル短期コースの現在は、京都大学大学院医学研究科の社会健康医学系専攻において専門職大学院課程(公衆衛生修士コース)の選択科目「感染症数理モデル入門」として一般にも開放しつつ実施しており、本書はその教育内容に準拠して執筆した入門書である。これはコア科目「感染症疫学」をベースにした『感染症疫学のためのデータ分析入門』(西浦博編、金芳堂、2021)の応用編に位置づけられる。

その「感染症数理モデル入門」の到達目標は以下の通りである:

1.感染症の伝播能力が疫学的にどのように測られているのかを理解すること
2.感染症の制御における閾値現象について説明可能であること
3.さまざまな「遅れ」の構造に関連する技術的問題について描写できること
4.個人レベルと集団レベルのワクチン効果がどのように評価可能であるのか理解すること
5.自身のコンピュータで流行モデルを数値計算できること
6.自身のコンピュータで流行モデルを利用して統計学的推定ができること

1つひとつの章は西浦が深く介入させていただき、その構成の指示から細かな編集までに対応し、わかりやすさを重視した。定性的分析に関する國谷紀良さんの2つの章(Chapter4・5)を除いてすべての章は西浦との共著とさせていただき、細かなところを書き換えつつ原稿を完成させた。その際、数理的・解析的な詳細について基礎を含めて説明することに妥協しないようにした。その結果、入門書としては異例なくらい数式が多い。これは、数式なしで「わかったような気になる」入門書でなく、真に細部までを理解した実力者を輩出する教育ではどうしても必要なことである。また、冗長的すぎたり、反復的すぎたりする説明を受け入れてでも、誰しも1人で学ぶことができるように工夫した。短期コースを無料で開講していようとも、どうしても普段の仕事や勉強で連続10日間も来られない人のために、独習可能であることに相当のケアをした。だから、本書の数式は1回読んでわからないことがあったとしても、ぜひ再び同じ箇所を読んでもらいたい。最初わからなかったことが、ある日突然に霧が晴れたようにわかる日が来るように作っている。

本書の編集にあたっては金芳堂の担当者の浅井健一郎氏に極めて我慢強いお付き合いをいただいた。COVID-19流行中も、落ち着いてずっとリマインドを西浦に発信いただいたのだが、その根気がなければ本書は絶対に成立しなかった。また、教育に情熱を傾ける本書の実現においては、妻の知子に特別に感謝したい。毎年連続10日間、家からいなくなって1日中教育に取り組んでいるバカな研究者を彼女は認め、パンデミックで心が折れかけている中でも常にやりたいことに向き合っているバカな研究者をエンカレッジしてくれている。

COVID-19パンデミックの途中、英国の専門家会議の傘下にあるSPI-M-O(パンデミックインフルエンザの数理モデル科学に関するオペレーション分科会the Scientific Pandemic Influenza Group on Modelling Operational subgroup)に分析の質と量で圧倒的に敗北している日本の状況が悔しくて仕方なかった。COVID-19の数理モデルを活用した科学的助言の世界では、日本はその分析の質と量において敗北の連続だったと言える。先方には研究者が教員レベルで60人いるが、もしも日本に西浦が30人いれば絶対に敗けることはなかったと思っている。本書が、その研究情勢を一変する日本の礎になることを願いたい。

2026年4月
西浦博

目次

Part1 感染症数理モデルの必須方法論

Chapter1 コンパートメントモデルによる感染症流行の記述
本章の目的

1 感染症流行のコンパートメントモデルの考え方

2 SIRモデルによる流行の動的な記述
(1)SIRモデルの定式化
(2)基本再生産数
(3)SIRモデルの適用例
(4)状況に合わせた拡張・その1:人口動態の導入
(5)状況に合わせた拡張・その2:感染性の変動の導入

まとめ

章末確認問題

chapter2 異質性を捉えるサイエンス:次世代行列
本章の目的

1 基本再生産数の定義

2 接触の異質性とWAIFW行列

3 接触を規定するもの

4 インフルエンザの予防接種

5 次世代行列

付録

章末確認問題

chapter3 複雑ネットワーク、集団免疫と最終規模:ランダムな接触と異質な接触
本章の目的

1 複雑ネットワーク
(1)グラフ理論
(2)ネットワークの指標
(3)ネットワークの種類

2 集団免疫と最終規模
(1)ランダムな接触における集団免疫と最終規模
(2)異質な接触を加味した場合の最終規模
(3)異質性は集団免疫と最終規模へどのように影響する

まとめ

chapter4 モデルから次世代行列を導こう
本章の目的

1 モデルの次世代行列と基本再生産数R0
(1)SEIRモデル
(2)性感染症のモデル
(3)地域間の移動を含むモデル

まとめ

付録 ベクトルと行列の計算公式

章末確認問題

chapter5 安定性分析に入門しよう
本章の目的

1 平衡解と基本再生産数R0
(1)感染症のない平衡解
(2)エンデミックな平衡解

2 局所安定性
(1)感染症のない平衡解
(2)エンデミックな平衡解
(3)ヤコビ行列

3 大域安定性
(1)感染症のない平衡解
(2)エンデミックな平衡解

まとめ

章末確認問題

Part2 流行モデルを社会実装する

chapter6 流行時における基本再生産数の推定
本章の目的

1 基本再生産数と成長率
(1)感染症流行のタイプ
(2)流行初期における感染者数の指数関数的増加
(3)成長率と基本再生産数の関係

2 基本再生産数の推定

3 最終規模の推定
(1)基本再生産数と最終規模の関係
(2)次世代行列を利用した最終規模の推定

4 オイラー=ロトカの方程式と積率母関数の導出
(1)オイラー=ロトカの方程式の導出
(2)基本再生産数を推定するための積率母関数
(3)積率母関数の利用:指数分布の例

まとめ

chapter7 発症間隔と世代時間の推定
本章の目的

1 はじめに

2 発症間隔
(1)発症間隔の特徴
(2)発症間隔の量的推定
(3)発症間隔の実用的な意味

3 世代時間
(1)世代時間の特徴
(2)3種(内在的、後向き、前向き)の世代時間
(3)時刻依存の世代時間に関する実践的な考え方
(4)家庭内伝播データからの内的世代時間の推定

まとめ

章末確認問題

chapter8 蔓延時(エンデミック期)における基本再生産数の推定
本章の目的

1 エンデミック状態の感染症
(1)エンデミック状態を想像しよう
(2)触媒モデル(catalytic model)

2 集団免疫に満たないワクチン接種

3 血清疫学データに基づく基本再生産数

4 血清疫学データを用いた感染力の推定プロセス

(1)年齢に独立な感染力の推定
(2)年齢に依存する感染力の推定

5 発展編:母体由来免疫や免疫の失活を加味しよう
(1)母体由来免疫を加味したエンデミックデータの分析
(2)免疫失活を加味した感染力の推定

まとめ

章末確認問題

chapter9 小規模流行:確率過程で数理モデル化をしよう
本章の目的

1 感染症の伝播と確率論
(1)なぜ感染症の流行動態は毎回違うのか?
(2)マルコフ過程とコンパートメントモデル

2 分岐過程と絶滅
(1)ゴルトン・ワトソン分岐過程(Galton-Watson branching process)
(2)感染の広がり方
(3)絶滅確率

3 出生死亡過程
(1)出生過程
(2)出生死亡過程
(3)出生と死亡を伴うSIRモデル

4 連鎖型二項過程
(1)Reed-FrostとGreenwoodの流行モデル
(2)En’koの流行モデルも検討してみよう
(3)家庭内感染

まとめ

章末確認問題

chapter10 空間的な流行拡大を捉えよう
本章の目的

1 感染症の空間的な伝播
(1)空間構造を持つ数理モデル
(2)空間的カップリングモデル
(3)移動モデル

2 メタ個体群モデル

3 国際的な伝播を予測する数理モデル
1)メタ個体群モデルを用いたリアルタイム予測
2)実効距離を用いた輸入感染症のリスク推定

まとめ

章末確認問題

chapter11 リアルタイムモデリング
本章の目的

1 リアルタイムモデリングの重要性

2 致命割合の推定
(1)粗計算における致命割合の問題点
(2)時間の遅れを考慮したCFR推定モデル
(3)個人別尤度を使ったモデル化

3 人獣共通感染症アウトブレイクにおける基本再生産数の推定
(1)人獣共通感染症のスピルオーバー
(2)診断バイアスと基本再生産数の推定
(3)継続するスピルオーバー

4 実効再生産数のリアルタイム推定における観測打ち切り
(1)ナウキャスティング
(2)逆計算
(3)現実のデータへの対応

まとめ

章末確認問題

chapter12 蚊媒介感染症(マラリア・デング熱)の数理モデル
本章の目的

1 蚊媒介感染症の特徴とそのモデル化
(1)数理モデルの視点から見た蚊媒介感染症
(2)蚊媒介感染症の基本モデル

2 Ross-Macdonaldモデルの導出
(1)モデルの基本構造
(2)感染力のモデル化
(3)Ross-Macdonaldモデルにおける基本再生産数
(4)Ross-Macdonaldモデルにおける定常状態
(5)蚊の垂直感染のモデルへの影響

3 蚊媒介感染症における疫学指標
(1)基本再生産数
(2)昆虫学的接種率
(3)媒介蚊感染能

4 マラリア休眠体による長期潜伏の考慮
(1)マラリア原虫の長期潜伏
(2)二極化した潜伏期間の数理モデル上の取り扱い

まとめ

章末確認問題

chapter13 国境における検疫のモデル
本章の目的

1 はじめに

2 これまでの検疫期間の決定論拠と問題点
(1)クラシックな検疫期間の決定手法とコンセプト
(2)クラシックな検疫期間の決定手法の問題点

3 不顕性感染者を考慮した検疫期間の決定
(1)感染性宿主の侵入を防止する効果
(2)不完全な検疫と診断補助がある場合の検疫の効果
(3)侵入者によって生じる2次感染者数の抑制効果

4 侵入者によって引き起こされる流行に対する検疫の疫学的効果
(1)流行の絶滅確率を利用したモデ
(2)侵入者によって流行が引き起こされる確率の相対的減少

5 流行観察の遅れを及ぼす検疫の効果

6 応用方法

まとめ

章末確認問題

chapter14 疾患別の数理モデル(季節性インフルエンザ、結核、HIV/AIDS)
本章の目的

1 季節性インフルエンザの数理モデル

2 結核の数理モデル
(1)結核の内的動態を捉えた数理モデル
(2)インターフェロンガンマ遊離アッセイを利用した年間感染リスクの推定

3 HIV/AIDSの発展型逆計算モデル

まとめ

章末確認問題

章末確認問題 解答編
あとがきにかえて:もっと感染症数理モデルを学ぶ人のために
索引
著者略歴

執筆者一覧

■編著
西浦博       京都大学大学院医学研究科健康危機管理情報解析学分野および社会健康医学系専攻環境衛生学分野教授

■共著
斎藤正也      長崎県立大学シーボルト校情報システム学部情報セキュリティ学科准教授
小林鉄郎      京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻環境衛生学分野特定助教
三山豪士      大阪健康安全基盤研究所公衆衛生部主任研究員
國谷紀良      大阪大学大学院理学研究科数学専攻教授
茅野大志      元京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻環境衛生学分野特定助教
スンモク・ジョン  シンガポール国立大学研究員
木下諒       国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所疫学研究部理論疫学研究室室長
ナタリー・リントン 元京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻環境衛生学分野北海道大学大学院生(研究指導委託)
安齋麻美      国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所疫学研究部理論疫学研究室研究員
遠藤彰       シンガポール国立大学Saw Swee Hock 公衆衛生大学院助教授
林克磨       京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻環境衛生学分野特定助教
中條航       京都大学プロジェクト研究員

トピックス

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