Less is More 考える集中治療 Ver.2.0

2021年の第1版刊行から約5年の歳月を経て、最新の研究内容・エビデンスを追加し、項目をブラッシュアップした改訂版!
内容紹介
集中治療の現場では、「重症だから」という理由だけで、詳細な病態や適応の評価もそこそこに、安易な薬剤投与や連日の検査などの医療的介入が惰性的に行われることが多いものです。ヨーロッパの集中治療医学会雑誌Intensive care medicineの特集「less is more」を参考に、日本の実情も踏まえつつ、これまでのマニュアル本にはない、患者に害の少ないシンプルな管理のあり方を提唱する書籍として制作しました。惰性的な医療行為については「本当にその医療行為・治療は必要なのか」「やる・やらないのメリット・デメリット」についてエビデンスをもとに取り上げています。特に「やらない戦略」にフォーカスし「患者も医療者も楽になる最適解」を提示しているのが本書の特徴です。
序文
はじめに(第2版)
書籍デビュー作である前作『Less is More 考える集中治療』を2021年12月に出版して以来、いつか取り組みたいと願っていた改訂版を、今回こうして形にできたことを大変うれしく思います。同時に、ほっと一息つき、「やりきって一区切りついた」というのが今の率直な気持ちです。
というのも「プロフィール」にも記しましたとおり、これからは臨床医を主とする生活から一歩離れ、自分が抱いてきた社会課題の解決に軸足を移し、臨床に根差した書籍作成も一端卒業しようと決めたからです。正直に言えば、自分が単著で医学書を書くことも、生活の主軸を臨床からビジネスへシフトすることも、5年前にはまったく想像していませんでした。人生とは不思議なものです。ここでは、一人の医師である私がシフトチェンジに至った動機と所感を記し、序文としたいと思います。
折しも、前作『Less is More 考える集中治療』の原稿を執筆していた頃は、重症COVID-19肺炎が全国で猛威を振るっていました。多くの医療者が疲弊しながらも使命感のもと、無我夢中で診療にあたっていた時期です。私も例外ではなく、月単位で休みなく出勤し、夜間の病院からのコールにも当然のように対応していました。適正な看護配置をめぐっては、ICU/HCU師長とともに看護部長と激しく議論したこともありました。
やがてワクチンの普及も相まって重症例は大きく減少し、徐々に日常を取り戻していきました。そこでふと、この生活スタイルを今後30年続けることに疑問を抱くようになりました。もしかすると、COVID-19対応を通じてバーンアウトに近い状態になっていたのかもしれません。人生100年時代と言われるなかで、医師としての人生だけで終えてしまうのはもったいないのではないか。未知の世界を知り、より広い視野を持つことで、自分の人生はもっと豊かになるのではないか―そう考えるようになりました。
このままの生活を続ければ安定は得られるかもしれない。しかし狭い世界観の中だけで生きることになるのではないかという不安や恐れも膨らみました。何より、「他の世界を感じてみたい」という思いを抱きながら行動に移さないままでいると、30年後の自分はきっと後悔する―そう確信しました。対面で患者さんに向き合い、自らの治療方針で軽快・退院へつながったときの喜びとやりがいは、この上なく大きいものです。その価値は何ものにも代えがたい。しかし同時に、医師として知らないこと・できないことが山のようにあることも自覚しており、集中治療医としての自分の「伸びしろ」にも限界を感じ始めていました。
では、これから人生をかけて取り組みたいことは何か。改めて自問すると、東京・横浜・静岡のさまざまな施設でクリティカルケアに携わるなかで、地域・施設間における医療格差の問題を常に意識してきたことに行き着きます。とりわけ、集中治療の専門スタッフの不足により、提供できる医療の質に大きな差が生じている現実を目の当たりにし、地方に暮らす一人の臨床医としてこの問題を自力で解決することの難しさを痛感してきました。そこには、適応や効果が乏しい過剰医療・低価値医療の問題も含まれます。過剰を避け、必要十分な医療を提供することは、医療の質の向上と人的・経済的リソースの最適化につながります。こうした社会課題に対し、AIを実装した遠隔医療と“Less is More”戦略は重要なソリューションになり得る―そう考え、「プロフィール」に記したキャリアプランを歩むことを決めました。ご縁が折り重なっての選択です。
5年前にも想像できなかった現在に立ってみると、5年後、10年後の未来はおそらく今の予想を軽やかに超えていくでしょう。ただ、過去を振り返れば、私にとってのターニングポイントは、勇気をもって出版した前作『Less is More 考える集中治療』でした。この書籍が多くの出会いをもたらし、今へとつながっています。改訂版をやりきり、次のステップに踏み出せることを、心から幸運に思います。
新しい挑戦やコンフォートゾーンからの離脱は、小さくないストレスや、ときに周囲からの批判を伴います。けれども、自分で受け入れられる範囲の冒険を選び取り続けることで、人生にワクワクが確かに増えている―今はそう感じています。
最後に、前版序文の締めくくりを引用し、少しだけ加筆して結びとします。
”less is more”とは、シンプルなものの方が、高度なものや複雑なものよりも優れている、という意味合いで使われる表現で、何かをやり過ぎてしまうことへの危惧がこの考え方の背景にあります。このフレーズは“God is in the details.(神は細部に宿る)”というモットーを掲げたことでも知られるドイツ人建築家ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969)が遺した言葉とされています。多くのデザイナーがこの言葉にインスピレーションを受け、シンプルでありながら美しいものをデザインするという一つの表現が生まれたそうです。
医療においても、そして人生においても同じです。余計なものが多すぎると本質的なものを見失ってしまう可能性があります。我々医療者も、洗練された患者プランを提案できるデザイナーとなり、そして自分自身の人生においても真に重要なことに集中していきたい―そう願っています。
2025年11月
暑さを忘れた秋空と、金木犀の香りを感じながら
【謝辞】
担当の石井様をはじめ、今回も金芳堂の皆様には、企画から出版まで多大なるご尽力を賜りました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
私は2026年3月をもって、常勤としての臨床医生活に一旦区切りをつけることにしました。東京・横浜での初期・後期研修、そして地元・静岡での勤務を通じ、多くの仲間と諸先生方に支えられ、悔いのない臨床生活を送ることができました。心より感謝申し上げます。今後は少し異なる角度から医療に関わっていきたいと考えております。引き続きご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
また、これからご一緒する皆様には、ご迷惑をおかけすることもあるかと存じますが、自分なりに食らいついてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
そして、未知の世界に飛び込む私の背中を快く押し、変化の多い暮らしを常に支え続けてくれる妻、いつも癒しと幸せを運んでくれる三人の愛娘に、感謝してもしきれません。ありがとう、そしてこれからも楽しんでいくのでよろしく!
目次
はじめに(第2版)
はじめに(初版)
1章 神経・鎮痛鎮静のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
深鎮静が必要なケースとは?
鎮静薬の選択
知っておくと何かと便利なケタミン
鎮痛なくして鎮静なし
早期離床/リハビリの重要性
早期離床/リハビリのエビデンスの流れ
騒音減少で良眠を得る
せん妄対応~薬物療法はless is moreか?
- Column 心停止蘇生後昏睡の低体温療法はless is more
2章 気道・呼吸のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
離脱評価は日々SBTで行う
SBTの実際
肺保護戦略~TVとdriving pressureはless is moreで制限管理
これからの肺保護戦略~メカニカルパワーもless is moreで
PEEPも必要最低限の時代に
もはや常識―酸素投与は必要最低限
気道管理は重要な予防対策
- Column 気管切開は早くする? 遅くする?
3章 循環のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
血圧目標MAP≧65mmHg
昇圧薬を使用するならノルアドレナリンが第一選択
カテコラミンをless is moreにするためのバソプレシン
ドパミンを優先使用する場面は存在するか?
補助療法によるカテコラミン温存戦略は期待薄
投与ルートもless is more?
末梢還流評価も動脈ガスはless is moreか
4章 腎・in/outのless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
RRTは必要時まで待つ
造影剤腎症予防は生理食塩水で
過剰輸液が予後不良因子であることはニューノーマル
輸液反応性は実際にチャレンジ
アルブミン製剤もless is more
晶質液は生理食塩水よりリンゲル液を
CRRT処方量も多ければよい、というわけではない
5章 血液のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
赤血球輸血は必要最低限―もはや常識
血小板輸血や新鮮凍結血漿もless is more
DIC治療=現病治療、他にはない
ECMOの抗凝固管理も見直しの時代?
6章 感染のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
適応のない侵襲的デバイスは留置しない/不要となればすぐに抜去
抗菌薬の投与期間は適切に・無駄に長期投与しない
抗菌薬のスペクトラムは適切に・無駄に広域にしない
不必要な抗菌薬併用療法は行わない
抗菌薬投与量はless is more、ではない
本当にペニシリンアレルギー?
7章 栄養・予防のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
栄養は急性期はless is more、回復してきたら十分に
血糖140~180mg/dL目標はもはやICUの常識
ストレス潰瘍予防は適応を評価し、漫然と続けない
DVT予防も適応を評価し、漫然と続けない
8章 その他のless is more
海外のless is more-推奨・根拠
Discussion
「ICUだから……」というだけで毎日の採血/X線や定期的な血液ガス測定は不要
救命だけがすべてではない、治療制限が患者/家族/医療者にとって最善策にもなり得る
TLT(Time-Limited Trial)は治療方針決定の一助になり得るかもしれない
DNAR=何もしない、ではない
green ICU
最後に……
索引
著者プロフィール
トピックス
■2026-03-16 書評
「本書の集中治療の哲学が、一般の病棟にも拡がることを切に願う」
書評者 杉本俊郎(滋賀医科大学総合内科学講座教授)
初版(2021年)を手にした時の衝撃は、今も鮮明です。医療現場、とりわけ一刻を争う集中治療の現場において、「Less is more(過ぎたるは及ばざるが如し)」という常識を実装することがいかに困難か。本書はその困難を突破し、パラダイムを転換させるインパクトを持っていました。そして2026年、待望の第二版は、その初版をも凌駕する深まりを見せています。
素人が偉そうに述べると叱られますが、元腎臓内科医として、腎・in/outのless is moreは初版も素晴らしい記述でした。さらに、第二版には、フロセミド負荷試験やアルブミン製剤使用の根拠が簡潔にまとめてあり、輸液過剰による「医原性のうっ血」が、我国から一掃される日は近いと感じました。
さらに特筆すべきは、最終項の「その他のLess is more」です。今年改定されたガイドラインに基づく終末期医療のあり方、そして欧米では既に必須の視点となっている「医療の継続性と地球環境」への言及には、深い感銘を覚えました。医療を、単なる目の前の救命から、時間軸・空間軸における大きな循環の中で捉え直す視座が示されています。
還暦を過ぎた一内科医として、この集中治療の哲学が、「一般病棟の隅々にも浸透する」ことを切望して止みません。著者の太田先生が、今後この哲学を「社会実装」するという新たな挑戦に踏み出されると聞き、心強く感じています。微力ながら、私もその歩みを全力で支持し、応援させていただきます。




