見えない痛みをどう見るか 痛覚変調性疼痛の診かた

    定価 5,610円(本体 5,100円+税10%)
    編著臼井千恵
    順天堂大学医学部精神医学講座先任准教授
    A5判・250頁
    ISBN978-4-7653-2074-0
    2025年12月 刊行
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    痛覚変調性疼痛のキホンから新しい痛みの理解まで

    内容紹介

    近年注目される「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」は、侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛に続く“第3の痛み”として、原因の特定が難しい慢性痛の背景を説明する新たな概念です。

    本書では、その成立の経緯から代表的疾患(線維筋痛症、慢性腰痛、顎関節症、膀胱痛症候群など)、併存しやすい睡眠障害・抑うつ・発達性トラウマまでを包括的に解説。さらに、薬物療法・心理療法・運動療法・マインドフルネスなど、多職種による集学的治療の実際を豊富な知見に基づいて示します。

    “検査では異常がない”にもかかわらず続く痛み。その背後にあるメカニズムを理解し、どう診て、どう支援するか――。臨床現場での迷いに応え、痛み診療の新しい理解を深める一冊です。

    序文

    日常診療において、痛みを主訴として来院する患者は多く、プライマリケア医にとって最も身近で頻度の高い症状の一つであろう。腰痛、頭痛、関節痛、筋肉のこわばり――こうした症状に対し、私たちは画像検査や血液検査を行い、炎症や外傷、神経障害の有無を確認してきた。しかし実際には「検査で異常が見つからないのに患者は強い痛みを訴え続ける」という状況にしばしば直面する。患者は仕事や家庭生活に支障をきたし、不安や抑うつを伴うことも少なくない。このような症例に対し、どのように説明し、どのように対応すべきかは臨床医にとって長年の課題であった。

    従来、痛みは大きく二つに分類されてきた。第一は「侵害受容性疼痛」であり、炎症や損傷といった組織異常が原因となる痛みである。第二は「神経障害性疼痛」であり、神経そのものの損傷によって生じる痛みである。しかし、臨床現場ではこのどちらにも当てはまらない慢性疼痛が少なくない。たとえば線維筋痛症や慢性腰痛、慢性頭痛などである。これらは「異常がないのだから病気でない」と判断され、「心因性」と片づけられてしまうことが多くあった。

    近年、この説明困難な痛みに対する新たな枠組みとして「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」が提唱された。これは、末梢や中枢に明らかな損傷がなくとも、痛みの情報処理に関わる神経系の機能変化によって生じる痛みを指す概念である。すなわち「異常がないから痛くない」のではなく、「検査で異常が見つからなくても痛みは確かに存在する」ことを科学的に裏づける枠組みである。この理解は、患者に対して「あなたの痛みは存在し、軽視されるものではない」と伝える根拠を医療者に与える。

    医療者にとって重要なのは、この概念を理解することによって患者との対話が大きく変わる点である。原因不明と突き放すのではなく、「痛みの感じ方そのものに変化が起きている可能性がある」と説明できれば、患者の安心感は大きく高まる。そのうえで、適切な専門医への紹介、生活指導、非薬物療法の導入など、次のステップにつなげやすくなるのである。

    さらに痛覚変調性疼痛は、精神的背景とも密接に関連している。不眠や不安、抑うつといった併存症の把握が欠かせない。プライマリケアの現場は、身体症状と心の問題を切り離さずにとらえ、全人的に対応できる強みを有している。本書は、その強みを生かすための理論的基盤と実践的指針を提供することを目的としている。

    本書では、第一部と二部で痛覚変調性疼痛の定義と誕生の背景、従来の分類との違いを整理する。第三部では、代表的な痛覚変調性疼痛の疾患それぞれに対して最新の研究知見を紹介した。第四部では、併存疾患の考え方を示しプライマリケアで実践可能な方策を示した。

    慢性疼痛を抱える患者は、まずプライマリケアを受診することが多い。すなわち初期対応を担う医師がこの概念を理解しているか否かは、その後の診療経過に大きな影響を与える。痛覚変調性疼痛の視点を取り入れることにより、従来説明困難であった症状を理解可能とし、患者の孤独感を和らげ、適切な支援につなげることができる。

    痛みは目に見えず、数値化しにくい症状である。だからこそ、患者の訴えに耳を傾け、背景を理解しようとする医療者の姿勢が不可欠である。本書がプライマリケア医にとって慢性疼痛診療の新たな視点を提供し、日常診療の質を高める一助となることを願ってやまない。

    2025年11月
    順天堂大学医学部精神医学講座先任准教授
    臼井千恵

    目次

    Part1 痛覚変調性疼痛

    1 痛みの機序の第3のカテゴリー「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」が気づかせてくれたこと
    はじめに
    |1| 痛覚変調性疼痛という概念の誕生まで
    |2| 痛覚変調性疼痛がもたらした痛み理解の発展
    おわりに

    2 疼痛分類(ICD-11、DSM-5TR、IASP)と痛覚変調性疼痛
    はじめに
    |1| 痛みの定義
    |2| 痛みの成因・病態による分類
    |3| 急性疼痛と慢性疼痛
    |4| 国際疾病分類(ICD)第10、11版による痛みの分類
    |5| 国際疼痛学会(IASP)による痛みの分類
    |6| 慢性疼痛の精神医学的分類(DSM-5)
    |7| ICDとIASPの痛み分類の関係・補完性
    おわりに

    3 代表的な痛覚変調性疼痛
    |1|線維筋痛症
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別疾患
    |4| 診療のすすめかた
    |5| 治療について
    おわりに

    |2|筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別診断
    |4| 診療のすすめかた
    |5| 症例報告
    |6| ME/CFSに陥るメカニズム(仮説)
    おわりに

    |3|緊張型頭痛
    |1| 診断基準と疫学 疾患の特徴
    |2| 関連しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別疾患
    |4| 診断のすすめかた
    おわりに

    |4|慢性腰痛(慢性非特異的腰痛)
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別疾患
    |4| 診断のすすめかた

    |5|複合性局所疼痛症候群
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別疾患
    |4| 治療のすすめかた

    |6|顎関節症
    はじめに
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別診断
    |4| 診療のすすめかた
    おわりに

    |7|膀胱痛症候群/間質性膀胱炎
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別疾患
    |4| 診断のすすめかた
    おわりに

    |8|若年性線維筋痛症
    |1| 診断基準と疫学
    |2| 関連・合併しやすい疾患・症状
    |3| 注意を要する鑑別疾患
    おわりに

    4 併存疾患の考え方
    |1|睡眠障害
    はじめに
    |1| 慢性疼痛と睡眠の双方向の関係性
    |2| 睡眠が慢性疼痛に与える影響
    |3| 線維筋痛症と睡眠障害
    |4| がん性疼痛と睡眠障害
    おわりに

    |2|頭痛
    はじめに
    |1| 片頭痛(migraine)
    |2| 緊張型頭痛(tension-type headache)
    |3| 群発頭痛(cluster headache)、三叉神経自律神経性頭痛
    |4| その他の一次性頭痛
    |5| 顎関節症(TMD)に起因する頭痛

    |3|抑うつ
    はじめに
    |1| 疫学的側面
    |2| 診断的な重なりおよび他の疼痛性疾患とMDDの関係
    |3| 痛覚変調性疼痛と抑うつの生物学的基盤
    |4| 感覚過敏性
    |5| MDDにおける説明のつかない疼痛症状
    |6| 薬物療法における共通点
    おわりに

    |4|神経発達症とトラウマ
    はじめに
    |1| 発達性トラウマ症
    |2| トラウマと慢性疼痛
    |3| トラウマに伴う慢性疼痛の病理
    |4| 発達性トラウマ症の治療
    |5| 線維筋痛症とASD

    コラム 起立性調節障害に苦しんでいる子どもたちを診ているなかで、若年性線維筋痛症を疑うというときはどういうときなのか

    Part2 治療法

    1 痛覚変調性疼痛における集学的治療のすすめかた
    はじめに
    |1| 集学的治療の位置づけと意義
    |2| 集学的治療の構成要素と実際
    |3| 集学的治療の課題
    おわりに

    2 薬物療法
    はじめに
    |1| 消炎鎮痛薬
    |2| 抗うつ薬
    |3| 筋弛緩剤
    |4| 抗けいれん薬
    |5| 弱オピオイド
    |6| オピオイド
    |7| ボツリヌス毒素A型(BTX-A)
    おわりに

    3 心理療法
    はじめに
    |1| 種々の痛覚変調性疼痛
    |2| 痛覚変調性疼痛の難治化要因と心理的介入
    |3| 段階的心身医学的療法の実際
    おわりに

    4 痛覚変調性疼痛に対する東洋医学的治療
    はじめに
    |1| 痛覚変調性疼痛の発生機序と治療抵抗性
    |2| 痛みに対する一般的な漢方治療
    |3| 痛みに対する一般的な鍼灸治療
    おわりに

    5 痛覚変調性疼痛の認知行動療法
    はじめに
    |1| 痛覚変調性疼痛における認知行動療法の位置づけ
    |2| 認知行動療法の具体的な流れ
    |3| 痛覚変調性疼痛の認知行動療法で役立つこと・重要なこと
    おわりに

    6 運動療法
    はじめに
    |1| 痛覚変調性疼痛の病態と評価
    |2| 痛覚変調性疼痛におけるライフスタイル指標の活用
    |3| 痛覚変調性疼痛に対する運動療法
    おわりに

    7 マインドフルネス
    はじめに
    |1| マインドフルネス療法のエビデンス
    |2| マインドフルネスとは
    |3| Doing mode とBeing mode
    |4| マインドフルネスの概念整理
    |5| 慢性痛に対するマインドフルネス療法の実際
    |6| プログラムの進行と患者の変化
    |7| 慢性痛の認知行動モデルとマインドフルネス療法
    |8| 適応と禁忌
    おわりに

    執筆者一覧

    ■編著
    臼井千恵  順天堂大学医学部精神医学講座

    ■執筆者一覧(執筆順)
    加藤総夫  東京慈恵会医科大学痛み脳科学センター
    松本美富士 桑名市総合医療センター膠原病リウマチ内科
    倉恒弘彦  大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻
    竹島多賀夫 富永病院脳神経内科・頭痛センター
    松平浩   テーラーメイド腰のペインクリニック
    住谷昌彦  東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部
    小暮孝道  東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部
    豊福明   東京科学大学大学院医歯学総合研究科全人的医療開発学講座歯科心身医学分野
    関口由紀  女性医療クリニックLUNAネクストステージ
    横田俊平  湘南よこた医院
    井上雄一  東京医科大学睡眠学講座/睡眠総合ケアクリニック代々木
    西原真理  愛知医科大学病院疼痛緩和外科・いたみセンター
    藤田貢平  愛知医科大学医学部精神科学講座
    杉山登志郎 福井大学子どものこころの発達研究センター
    寺嶋祐貴  愛知医科大学医学部疼痛医学講座
    牛田享宏  愛知医科大学医学部疼痛医学講座
    長田賢一  こころと痛みクリニック
    細井昌子  九州大学病院心療内科・集学的痛みセンター
    伊藤和憲  明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科
    齊藤真吾  明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科
    大場美穂  明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科
    吉野敦雄  広島大学保健管理センター/脳・こころ・感性科学研究センター
    松原貴子  神戸学院大学総合リハビリテーション学部
    服部貴文  神戸学院大学総合リハビリテーション学部
    藤澤大介  国立がん研究センターがん対策研究所がん医療支援部
    田中智里  慶應義塾大学医学部麻酔科学教室

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